被爆体験 長崎

長崎に原爆投下 【1945年8月9日 あの日のこと】

平和記念像

思い出したくなくて、ずっとずっと心の奥にしまい込んでいた想いがありました。
誰にも語らず、あの世まで持っていくつもりでした。

 

しかし、後の世の人のために、そして世界平和のために「お父さんの体験をひとりでも多くの人に伝えるべき」だと娘に言われ、少しずつ記憶を紐解いてみました。

 

つたない文章ですが、何か感じていただければと思います。

 

 

原爆が投下された日、当時の私は・・・

 

昭和20年(1945年)8月9日11時2分(だったか3分だったか・・・)、
あの日は快晴のとてもよいお天気でした。

 

当時、私はまだ13歳の少年でした。

 

 

 

 

昭和20年3月。私は中学受験に失敗し、国民学校高等科1年に進学し、
受験準備のために一浪することになりました。
4月より勤労奉仕として午前中は新配達し、午後は学校に行き勉強していました。

 

 

 

− 8月9日 −
朝刊配達後、福岡より列車で届く西日本新聞を待っていたのですが、延着のため遅れていました。
その間、待機していると(11時2分ごろだったと思うのですが)、路上でB29の爆音をかすかに聞き、上空を見上げた瞬間、銀色に光る米粒位の物体が目に入りました。
それがB29爆撃機だった、快晴の雲間に見えた2機だったのです。
(2機だったかどうか、今では定かではありませんが、私の中ではそのように記憶しています。)